へんちくりんな生き物になった人間⁉

最近になって、ようやく気付いたことがあります。なぜ今まで気付けなかったのか不思議なくらい、当たり前のことなのに、まったく気付けませんでした。それは、現代人のへんちくりんさです。

その問題とは──

私たち人間にとって、食べ物は命そのものです。たぶん、そのことは誰しもが理解していることでしょう。働いて給料を稼ぐ理由についても、「食べていくため」だと、誰もが答えるでしょう。実は、そのことが「へんちくりん」なのです。

自然農法を研究すると、生き物についてあれこれ学ぶ機会があります。野菜や穀類、果物は「植物」という生き物です。人間は? 「動物」に分類されます。けれども、以前の私は、自分が動物であることなど考えもしませんでした。

「動物とは何か」ということを学び始めたとき、次のような不思議な言葉に出会いました。「従属栄養生物(じゅうぞくえいようせいぶつ)」。動物とは、従属栄養生物に分類される生き物なのだそうです。

その反対に、「独立栄養生物(どくりつえいようせいぶつ)」に分類される生き物がいます。植物です。植物は、自力で栄養を作り出す能力があるので「独立──」。逆に動物は、自力で栄養を作り出せず、他の栄養源を食べなければいけないので「従属──」なのです。

「植」は、その場で動かず自立しているという意味。「動」はエサを探して動き回るという意味です。さて、ここまでくると、人間のへんちくりんさが見えてきます。大昔のように「狩猟・採集」をするわけでもない、かといって農業で自分で食べ物を育てるわけでもない。100%、見ず知らずの誰かに命そのものである「食べ物の調達」を依存している。現代は、そんな人間ばかりになっているのです。

自分もそうだったから、余計に深刻な気持ちになります。

動物は、自分の食べ物、子供の食べ物を自力で探し回り、世代をつないできました。人間だって同じです。「何が食べられるのか」を見分ける能力、嗅ぎ分ける能力があり、厳しい自然界を生き抜いてきたのです。

農業が発展して、分業が進んだことで、食べ物を自力で探すことなく、作ることもない人が増えてきたのは事実ですが、それは「よく知っている近所の人が作ってくれた」から成り立っていました。

どこの誰が作ったかわからない農産物や加工品に依存する世の中になったのは、実はほんの100年ぐらいのことです。人間関係が希薄になり、病気が増えてきた歴史に重なります。

いまや「食べ物の生産者が信用できない」という悲しい時代になってしまいました。しかし、その原因は、自力で食べ物を調達する能力が劣ってしまった私たち自身の責任でもあるのです。

自分で農作物を育てて食べてみると、マヒしていた味覚が蘇ることがわかりました。身体が自然の食べ物を欲するようになり、農薬や食品添加物漬けの食べ物を避けるようになってきました。最近、私は自分が人間であり、まっとうな動物であることを実感できるようになりました。そして嬉しいのは、孫たちが自然の食べ物を食べてすくすく育ち、この世の生を思い切り楽しんでくれているのがわかることです。

食べ物全部を自分で調達するのは難しくても、少しは自力で育てることができる。自然の食べ物の味がわかる。これからの人間は、その能力を持つ人が生き残っていくのだろうと思います。完全な他人任せの食べ物は、かなり危険な臭いがします。

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